京都のゲストハウスに泊まった。
旅の一番の目的は大阪の酒場巡りだから大阪に泊まるべきかもしれないが、自分は京都のゲストハウス巡りも趣味としていた
あと、飲んだあとに宿へ戻らなければいけない使命感で、飲み過ぎを防げそうだから
今回の宿は京都駅から徒歩8分の「京都ステーションベース」。18きっぷユーザーにとってはJRの駅から近くてありがたい。宿泊費は朝食付きで2511円。ブッキングコムから予約した
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ヴィラって何だ
今回の京都ステーションベースは寝床がテントになっているらしく、かつて自分が泊まってきたタイプにはなかったものだ。建物の外観も、夜に訪れたらすっかりバーの佇まいで、たどり着いたことに気付かず一度通り過ぎてしまった
宿はカフェバーを併設していた
バーカウンターっぽいフロントでチェックインし、店内を進むと宿らしい空間が見えてきた
奥に「Tent」の文字
ゲストハウスというのはだいたい二段ベッドの上か下に泊まるものだけど、ここでは二段ベッド状の場所にテントが張られているらしい。楽しみな一方、狭さが心配だけどどうなんだろう
テントだ
テントの中にふとん
通常のベッドより広い空間が設けられ、そこにテントが張られている。テント外の余ったスペースには荷物が置けて、むしろいつも以上にゆったり過ごせた
ここは4人(4テント)部屋で、他に普通のベッドの個室とかある
こちらはシャワールームまわり。古民家がおしゃれに改装してある
テントは屋内だけど洗面台は外。京都の冬の寒さをしみじみ感じた
当日は大阪で飲んでからチェックインし、軽く設備を確認して、近所へまた飲みに出かけた。酔いどれて宿に戻るとバーのコーナーでは、外国人ゲストとおしゃれメガネのスタッフが談笑していた
自分は立呑みENDOに行っていた。別に気にしてないけれど、ギャップ
翌朝。
朝食カウンターには作務衣のような出で立ちのこざっぱりしたおじさんが立っていた。朝食券を渡すと下駄をカッカッさせながら細かな作業を始め、茶器を温めたりしている。ブッキングコムのサイト上メニューにはパン、たまご、コーヒーなどと書かれており、2511円の宿泊代に含むものだしオーソドックスを想定していたのだが
こういうの
クオリティ高いやつが出てきた
トーストかちまきかと聞かれたので何気にちまきを選んだら、自分が知る炊き込みご飯ぽいちまきと違う
ちまきは旨い肉が盛り盛りでレタスはシャキシャキしているし、煮卵はふるぷるでデザートも付いている
呆然とした
ちまき革命だ。おじさんへ、たしか美味しいという一言と、何というお茶か尋ねたのだったと思う。そうしたらごりごりのお茶の解説が始まった
壁の大陸地図を指差しながら
そのお茶はプーアル茶で、2千○○年から政府の許可がおり、中国には○○千種類のお茶があって○種類に分かれ、それがプーアル茶と○茶と○茶と○茶と…
この方は趣味が高じてお茶のカルチャースクールでもやっておられるのかなと思った。知らない単語と数字の話へおそらく自分は遠い目をしていたのだろう。おじさんは茶葉を持ってきてくれたり、スマホでお茶の木の写真を見せてくれた
これはウィキペディアより
とにかくプーアル茶が貴重で体に良いことは伝わり、酒飲みにはありがたく頂いた
プーアル茶は微生物発酵だからすごいらしい
お茶のお代わりも注がれ話は続いた。“○省が…○○省で…○○○街道に…
ハッお好み焼き!
おじさんは中国でお好み焼き屋をやっていると言い、現地のテレビで店が特集された動画を見せてくれた
“僕テレビに時々出るんですよ”
これは面白いことになってきたぞと本腰を入れて話を聞き始めた
ユーチューブには米谷実さんと書かれていた。米谷さんは3ヶ月ごとに日本と広東省を行き来して、お好み焼き屋とこの飲茶店をやっているそうだ。どうりでちまきが旨く、作り方は広東人から教わったもので、味付けは薬草らしい
どうして中国でかというと、以前に別の仕事に就いていた頃、地元大阪から中国へ行った時に食べたたこ焼きが、たこ焼きらしからぬことになっていたためだった。“これは日本人としてはちょっとまずいやろ。原因はたこ焼きです”と
米谷さんのツイッターを見つけた
“ただでさえ日本と中国の仲悪いじゃないですか。はっきり言ってちゃんと伝えられていないから悪いもへったくれもない”。米谷さんは国交とたこ焼きを混じえて話す
これはENDOの栓抜き
料理人の弟さんと、前職の定年後に中国でたこ焼き屋を開こうと決めた。そのうちに美味しいたこ焼きを提供するためには常に焼きたてでなければいけないと考え、それが叶えやすいお好み焼きに変更。そうして準備を進めていたが、しかし店ができる一週間前に突然、弟さんが心臓発作で亡くなってしまったーーー
米谷さん自身は料理人ではなかったものの、“まあお好み焼きは大阪の人間は家で焼いてましたから、小さい時から作れるわけです。それで始めた”。
自分は興味本位で聞いたことを反省した。日本でもテレビになるべき話だった。中国の店は10年ほど前にオープンし、今や著名人も訪れる人気店となっていた
中国語のFacebookを日本語訳したら浪花屋がスプレーハウスに変換された
京都の宿のモーニングの飲茶店はというと、中国に渡ってからも日本の処方薬を飲んでいたが、ある時から血圧とかの薬を飲まなくてもいいくらい数値が良くなった。日本の主治医では謎だったが、お好み焼きで知り合った漢方医に聞くと、日々飲んでいるプーアル茶のおかげであることがわかった
飲茶店は「荟萃茶馆」(フィチョイ・チャンカン)という名で営業している
それからプーアル茶のことを勉強した。“特に黒茶というやつがいいんですよ。でそれを紹介したいばかりにどこかで店できないかなと思っていたんですよ”
そんな時かつてバックパッカーをしていた息子さんがゲストハウスを開くことになり、併設の飲茶カフェを始めることにした。昨夜のおしゃれメガネだ
“うちの息子もそっち(中国)でレストランやってましたからね。いろんなこと覚えてきたんでしょうね”…これは親子特番だな。飲茶店の経緯にはまた後ほど感動する
ゲストハウスは親子が自分たちで建てた。“僕ら日本で商売するのまだ2年くらいしか経ってないですから。そのうちの初めの1年くらいはほとんど大工仕事。家を潰して”
昨夜撮った写真はぼやっとしていた。自分は酔っぱらっていた
“僕はこっち側で中国風に作って、裏は長屋みたいな雰囲気であいつが作った。中庭作ったりね。下の石を引いたのは台湾のやつ(人)ですよ。日本の庭園を勉強しに来たやつがいまして”
夜ライトアップされてたここかな
“そこの絵なんかは画家になりたいゆうやつが描いて…それは中国の友人のお母さんが作って送ってくれた。あれはチベットの教典で…”
昨夜は酔って見えなかったけれど随所にこだわりが施されていた
たくさんの込められたものを知り、自分は胸がいっぱいになってきた
ところでせんえつながら、自分には将来田舎で角打ちをやりたいという夢がある
これは私の実家にもあった
“向こう(中国)では朝6時くらいからおばあさんおじいさんが飲茶屋に集まってね、麻雀したりご飯食べながら遊んでるんですよ。日本の年寄りはね、一人でいて寂しいでしょ”
宿のある町内では一人住まいで引きこもり気味のお年寄りが多いそうだ(写真は近くの定食屋)
“向こうのおばあさんおじいさんたちは元気にしてるのに、日本は寂しいでしょ。だからそんな場所ないかなあと思って飲茶屋をやりたいと。せがれがゲストハウスをするからと言って、でその一角でこれをやってる”
エッ(写真は頭に落ちた雷のイメージ)
自分の夢、田舎で角打ちの理由と重なった。驚いて涙し、訳を話すと米谷さんはまたいいことを言ってくれた。“やりたいかやりたくないかだけ。考えたって時間ばかり過ぎる。やりたいことやったらいい”
言葉は力強く響いた。単純だけど自分では考えつかないことだ。(写真は近くのパン屋)
“とにかく歩き出さなきゃ何も始まらない。殆どの人が考えてるうちに時間がすぎてしまうんですよ。一回しかない人生ですからね。失敗したところであまり変わりはない”
新熊野神社のくすのきは樹齢900年
角打ちの話も伺った。“昔僕たちが小さいときはね、酒屋の入り口に角打ち場があってね、隣どうし職人どうしが話して仲良うみんな飲んどったんですよ。嬉しそうにみんなやっていたんですけどね”
そうそう、そういうのやりたい
“何かして生きていくのにどこの国へ行ったって同じですよ”。中国で店を営む米谷さんの言葉には説得力があった
たまご屋さんの車
チェックアウトの時間をむかえた。
ゲストハウスで朝から偉人に会って泣き、生涯心に残るモーニングとなった。米谷さんは中国のお好み焼き屋さんなので次いつ会えるかわからないけれど、いつか良い報告をしたいと思う
今回宿の写真が足らず近隣の写真を挿し込んだ。新熊野神社は野外博物館のようになっていて楽しめた
なお本文中掲載の動画がだいたい中国語なのだが、お好み焼き屋のバイトの女の子が辞めるシーンがあり、“米谷さんに出会えて良かった”みたいなことを言っていた。わかるわかる!となった。
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